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スピリチュアル Archive

無意識考察メモ

意識的信念と無意識的信念の一致が幸せ感をもたらし、
意識的信念と無意識的信念の矛盾が不幸せ感をもたらす。

なぜ「信じる者は救われる」のか。

宗教的なものやスピリチュアル的なものを信じるということは、
意識的信念を無意識的信念に一致させる行為、という側面もある。

いくら意識レベルでスピリチュアル的なものを否定しようと、
無意識レベルではスピリチュアル的なものを日頃から受け入れている。

例えば、私たちの文化では、お参り・墓参りに始まり、
雨男/雨女・晴れたのは日頃の行いが良かったからだ...など、
なんの不思議もなく受け入れている価値観があるが、
よくよく考えてみればおかしな(宗教的な)ことだ。

つまり、文化レベルで浸透しているスピリチュアル的(非合理的)価値観が
すでに私たちの無意識に刷り込まれている。

その非合理的価値観を意識的信念でもって合理的に否定したところで、
自分の無意識的信念を否定することにつながるだけなので精神衛生上よろしくない。

無意識的信念を意識的に変えるのは(悟りの境地にいる人以外)不可能に思えるので、
意識的信念を無意識的信念にあわせるほうが合理的といえる。

つまり何が言いたいかというと、
スピリチュアル(的価値観を信じること)は楽しい♪ということだ。w

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非行に走った子供の親に対して江原さんが言った言葉

最近の子供は何するか分からないというが、

子供は何百年も前の時代から変わっていない。

変わったのは大人の社会。

子供はそれに影響を受けているだけ。

子供はなんにも悪くない。

大人の責任を考えるべき。

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世界は思い込みでできている

プラシーボとは偽薬のことで、医者から薬の代わりに小麦粉をわたされ、

それで治ったような気になる・実際治ってしまうというものが、プラシーボ効果。

物が良かろうが、悪かろうが、良いと思い込むことで本当に良い効果が現れる。

思い込みのパワーとは素晴らしいものだ。

これって言いかえれば自然治癒力ともいえないだろうか?

こんなに素晴らしい力を、科学では誤差の範囲と考えられている。

しかし実際の世の中はどうだろう?

科学的に立証された客観的事実と思えることも、

実は多数派によるプラシーボ効果であるとは考えられないだろうか。

多数派の思い込みが客観的事実として社会に受け入れられ、

少数派の思い込みは真実ではないと扱われているに過ぎないのではないか。

少数派の諸君!(笑

もし世界がプラシーボ効果の塊なら、

1人1人の思い込みが世界を創り上げているのだから、

つよく、つよく思い込んでみよう。

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東洋文明と西洋文明は800年周期で入れ替わっている

東洋文明と西洋文明が800年周期で入れ替わっているという説を唱える文明法則史学というものがあるらしく、

その話に感銘をうけた松下幸之助さんが、松下政経塾を設立されるきっかけとなったという噂がある。

その説によると、ちょうど西暦2000年からその転換期とされ、21世紀から東洋文明の時代が花開くと予想される。

しかし指をくわえてたって転換しそうもない。西洋文明があまりに巨大化しすぎたからだ。

もしこの説が正しければ、新しい東洋文明は西洋文明の産物であるITという武器を手に入れ広がっていくだろう。

そうやって、東西が相乗効果を引き出し合って文明は進化していくのだ。

何事も、DNAの二重らせん構造のように、陰と陽が必要なのである。

そこには善も悪もない。

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物は僕らを癒す

物がたくさんある部屋は落ち着く

虚無感が埋まり思考がネガティブに向かう隙がないからだと思う

物をたくさんかかえている人または身につけているひとは
その分だけ精神が不安定だと言えるし
その分だけ物たちに癒されてるとも言える

買い物依存症の人などはわかりやすい例で、物を買うことで精神安定剤のような役割を果たしている
いわば精神が崩壊しないための無意識的自己防衛策だ

ところで部屋の状態は精神状態を表すとはよく言われるが
自分を振り返ってみるとたしかに精神不安定なときは物であふれかえってごちゃごちゃしている

だからこそ、部屋をきれいに掃除して、心まですっきりしましょうとゆうふうに言われている。
今流行りのそうじ力もそういうことではないだろうか?

お寺の修行でも床を雑巾がけすることで精神を磨いたり、質素な精進料理をたべて無駄なものは何もない粗末な生活をする

しかしだからといって、無印良品的なシンプルな部屋に暮らせばいいってもんでもない。下手な雑念が浮かんでしょうがないったらありゃしないのよ、これがまた。

逆に本屋など物(情報)が大量にあるところに行くと雑念が浮かぶ余裕がない。じっさい本屋に行くとお腹がゆるんでトイレに行きたくなる人が多いらしいのだが、僕もそのひとり。

それはおそらく、大量の情報を目の前にすることで、雑念が消失し無意識下の緊張が解かれることによりリラックス状態(一種の瞑想状態)に入ることで副交感神経がはたらき、その結果胃腸が働いておなかがゆるむんじゃないかと考えている。

要するに、物がたくさんあると心が落ち着くのだ。

だから、シンプルでキレイな部屋でのうのうと暮らすというのは、禅と同じである意味修行なのかもしれない。

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須藤元気著「紙はテーブルクロス」より

ダライ・ラマの講演会が終わり、質問タイムがあった。

「よく言われる守護霊やカルマ、前世についてどう思われますか?」

と誰かが質問した。すると彼はよどみなく答えた。

「それはたいそう神秘的だね。仏教では前世も来世も存在する。
でも、いったいそれが何なんだろう。そんなことは忘れてしまいなさい。
そのことに心を奪われて、今の人生を生きることを忘れてはいけない」

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Inner Joy

金銭的に豊かになったからといって、

私たちが本当に求めている、幸福になるとは限りません。

幸福を求めるために物質的なものを求めるのではなく、

内面的な喜び、平和、ビジョンを求めた結果として

外面的な世界がつくられるのです。

by The Secret

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感情誘導システム

やな感じ、ネガティブな感情が浮かぶときは、

いま考えていること、いま行っていることと、

本質的に欲求しているものとが一致していないことを意味します


いい感じ、ポジティブな感情が浮かぶときは

いま考えていること、いま行っていることと、

本質的に欲求しているものとが一致していることを知らせてくれます


The Secretより

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スピリチュアルビジネスはサービス業の究極の形態

http://www.alpsgiken.co.jp/alpinist/006.htmlより

顧みれば原始の時代から20世紀前半まで、人類はモノの不足や不便さを解消するためにひたすら生活物資の生産性をいかに高めるかに腐心してきた。いわずと知れた物欲中心の時代である。ところが20世紀後半からの急速な工業化により物資が大量に生産され、物質に恵まれた社会が作り上げられるに至った。

 衣食に満たされた人類が次に求めるものは何であろうか、その問いにアメリカの心理学者、アブラハム・H・マズローは次のように答えている。(欲求段階説) 「生理的欲求と安全の欲求が満たされるとき、人は最終的に精神的な充足(各々が持つ自己実現)を求めて生きていくようになる」。

 つまり、今後伸びていく産業は「人間の生命や知識、精神面に関する分野」であり、それは事実、先端産業とか次世代型産業と呼ばれるものとして、生命・教育・情緒・趣味・文化・健康・レジャー・サービス・セックスなど形のないものが主流を占めてきていることからも容易に理解できる。物からサービス(心) へ、量から質へ、有形から無形へ、単一から多様へ、ハードからソフトへと、人間の欲求の変化につれて世界の産業構造は大きく変貌を遂げている。

 無形の価値観の時代、それは感性の時代でもある。感性の時代には「人間の心にかかわる」仕事が重視され、人間の個性的な『心』に感動を与え、本能的欲求をかき立てる産業・・・例えば香りや音楽によるヒーリング、ストレスを鎮めるカウンセリングなど・・・が発展することは、このような仕事が多く輩出していることから明らかである。

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許すということ

許すということ 他人に責任転嫁しないということ

許すということ 他人ではなく自分を変えるということ

許すということ 自分の心に平和をもたらすということ

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明日死ぬかのように生きよう。永遠に生きるかのように学ぼう。

明日死ぬかのように

今日を楽しんでますか?


明日死ぬかのように

あの人に接してますか?


ぼくにはまだできてませんが、

この命を感謝して味わいます。


「明日死ぬかのように生きよう。

 永遠に生きるかのように学ぼう。」by ガンジー

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滝行体験レポート

先日、東京は高尾山の蛇滝にて、滝行体験をしてきました。

なぜかいま滝行が大人気らしく(今回も予約するのが大変だった)、
満員の20名ぐらいが滝行体験に参加していたのです。
面白いことに3分の2が女性でした。

滝行とはつまり苦行なわけで、なんで自ら金払ってまでこんなことしてるんだろう・・・
とやってる最中一瞬思いましたが、やったあとは精神・心身共にかなりリフレッシュしました。

また行きたいと思っています。ほんとに。
が、気軽な気持ちで行くもんじゃないです。

季節が季節だけに凍死するかと思いました。笑
前後左右に5cm刻みぐらいで高速に体が震えましたよ。笑
雪国生まれ雪国育ちのぼくですが、あんなに寒いおもいをしたのは生まれてはじめてです。

まず、白装束(っていうの?)に着替えてから、川の水で行水します。
んで、行水してから滝に打たれるまで順番待ちしなきゃいけないんですが、

待ち時間が長い!!!

ちべたい布がピタッ!っと地肌にくっついて冷え切った体温をさらに奪っていくのです。
う~考えただけで凍えてきた。

さすがに真冬の間は受け付けていないらしく、春からの再開となるみたいです。
http://www.takaosan.or.jp/syugen.html

高尾山では火渡り祭ってのもあるみたいなので、今度行ってみたいと思っています。
http://www.kanko.metro.tokyo.jp/topics/040309/4.html

プチ修行ブームなよっくでした。

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ヨガとオウムとスピリチュアル

最近元オウムのアーレフの活動が活発化してきていて、

アーレフの名を出さずに主催しているヨガや武道の講習を通して、信者を増やしているという。

特にヨガは最近ブームだから、何も知らないうちに

いつのまにかオウム信者になっていた!

なんて事も起こりうる、というか起こっていると思う。

先日テレビでそのヨガ教室に記者が潜入レポートして盗撮した映像が流れていたが、激しい呼吸法をやっているシーンがあった。

呼吸というのは無意識で行うものであるが、

その無意識を意識的に操作できる唯一のものが、呼吸である。

つまり、呼吸をコントロールすることによって無意識の世界、

つまりスピリチュアルな世界というか逝っちゃった世界を覗くことができるようになるのである。

何も知らないと、これを、神様をみた、とか宇宙をみたとか、幽体離脱した~、となり、

しまいにゃ空中浮遊もできる!なんて話しになってしまい、

すっかりだまされて信者になっちゃった、なんてことになってもおかしくない。(別に入信を全否定するわけではない)

このへんの呼吸と精神世界の話については斎藤孝著「呼吸入門」に詳しい。

不思議な現象はあたりまえの生理現象であって、

安易に神秘主義に走るべきではないと説く。

呼吸法もそうだが、そもそもヨガ自体がもともとものすごいスピリチュアルな

ものだと認識しておかないと危ない。

呼吸や体の世界は精神の世界に直結しているのだ。

健康法としてのヨガであれば、これも安易に神秘主義に走るべきではない。

体と神秘主義の話もまた斎藤氏の「自然体のつくり方」に詳しい。

斎藤氏の師匠でもあった体使いの専門家、高岡英夫氏は一時期神秘主義にはまってしまい、おかしな方向へ逝ってしまった。

斎藤氏が神秘主義を毛嫌いしている節が見え隠れするのはそのせいかどうかはわからないが。

ともかく、

不思議な出来事に目を奪われることなく、あくまで内的な世界のインナートラベルととらえ、

しっかりと自分を見つめ直していきたいものである。

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シンクロニシティとセレンディピティ

シンクロニシティとは「意味のある偶然」

セレンディピティとは「偶然の幸運」

世界の偉人たちの多くは日々シンクロニシティを感じている(いた)というし、
ノーベル賞級の科学的な功績の半数以上はセレンディピティによってもたらされているという。

これらはオカルト的な超能力ではない。

実験の失敗がもとになって世紀の大発見につながったなんてのはよくきく話でしょ。

ではどうやったらシンクロやセレンディピティの能力を手に入れることができるのか。

『「脳」整理法』(茂木健一郎著)によると、

・行動

・気付き

・受容

がなければ成立しないということになっている。

すなわち常日頃から頑張り、いつ落ちてくるか分からない偶然に備えていなければならない。
どんなことでも「行動」が伴わなければ「気付き」すらないのよ。
気付いても日々の器作りを怠っていたら受け取ることもできないのよ。

そして、実は毎日降り注いでいるかもしれない偶然そのものに気付く能力も必要。
そのためには一生懸命物事に取り込みつつも、どこか客観的な視野も持ち、新たな変化に気付く余裕も作っておかないといけない。
そのための脳みそのスペースも空けておかなければならない。

あなたは情報の洪水に溺れていませんか?
スケジュール帳がパンパンに詰まっていませんか?
考え事、悩み事、覚えておかなければならないことで頭が占領されていませんか?

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ドニパトロヒーリングとは?

tv_2.jpg

先日、ドニパトロヒーリングなるものを受けた。
受けたといっても、某パーティにて突然ドニパトロヒーリング会が始まり、それに乗じて簡単にやってもらっただけなのですが・・・笑
ほんの10分ぐらいだったかと思いますが(たぶん)、癒されすぎて力が入らなくなり、立てなくなってしまいました。笑
そのときにやってもらったのがドニパトロヒーラーとしてTVにも出演した小林氏です。

ドニパトロ・ヒーリング

2004年10月17日(日)放映のウルルン滞在記で女優の塩山みさこさんがネパールの農家に滞在し、
ドニパトロ(シンギングボウル)のヒーリングを受けました。
そのときの治療家が私(小林)の先生でもある、アルジュン師です。
10月1日の撮影では司会の徳光和夫さんより「ドニパトロ・ヒーリングの日本の第一人者・小林宗次郎」と紹介を受け、
回答者の石坂浩二さんをヒーリングしました。

ドニパトロってなんだ?っていう話ですが、仏具のチーンの「おりん」と、寺にある「鐘」との中間にあたるボウルのようなものです。
それを体の回りや体の上に置いて鳴らします。それらから発する音(振動)が非常に心身にいいのです。
クリスタルボウル(クリスタルボール)の縁をなぞるときれいな音がしますよね?そんな感じです。
西洋ではきれいな歌声を発しているように聞こえることから、シンギングボウル(シンギングボール)とも呼ばれています。
ネパールやチベットの仏教で使われているようです。

除夜の鐘って聴いててすごく気持ちいいしリラックスしますよね?
除夜の鐘を108回つくことによって108の煩悩を消すといわれていますが、その音が心身ともにリフレッシュさせてくれるという効果もあるようです。
そのリラックス効果を特化させたものがドニパトロヒーリングだと思ってもらってもよいとおもいます。

詳しくは以下に。

Notice (Heal all Leaps)

要するにこういう音を聴かされると(特に左右の耳でそれぞれ数Hzずれた音を聴かされると)脳波が同調して、うなりと同じ周波数の脳波が優勢になる、即ち通常のβ波からα波・θ波領域に強制的に誘導されるわけで、非常にリラックスするわけです。だから仏教では「悟り」に近づきやすくする必需品なのですね。

さらにはこのヒーリングのようにカラダの上や至近で叩いたり、頭から被って叩くと(人間の体の80%以上は水でできているので)、体液・血液のクラスターが非常に小さくサラサラになり、例えば体液の流れが悪くて栄養分や酸素が届かないといわれる病巣部にもスムースに届くようになるわけです。これがチベットで治療に使われ、実際に治癒効果をあげている理由です。

細胞の隅々まで体液が流れるようになるということは、ぼくが受けたときはかなりのアルコールを摂取していたから昇天してしまったのはそのせいかもしれない。笑

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脳と幸せ論

脳と幸せ論
視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五感は、
それぞれの入力を電気信号に変え、
神経を通して脳に伝達する。

信号を受け取った脳がそれを正しく処理してはじめて、
私たちは物を見、音が聞こえ、臭いを感じ、味を区別し、肌の感触を
得るのである。

私たちが感じている五感、私たちがみている世界は、
脳がでっちあげたバーチャルリアリティーなのだ。

そして個人個人が作り上げたバーチャルリアリティーは
みな同じだとは限らない。

2人が同時に同じ赤色をみても、
本当に同じ赤色を感じているかどうかはわからない。

2人が同じバナナを食べても
同じ味を感じるかどうかはわからない。

自分が赤だと思い込んでいる色は、
他人には青に見えているかもしれない。

だけどお互いに「その色は赤だ」という共通認識が
あるに過ぎず、それで世の中成り立っている。

このように、それぞれが感じる世界のことを「クオリア」というらしい。
そういうことを大真面目に研究している人たちがいるのだ。

それぞれが持つクオリアがみんな同じだと証明した人は居ない。
できるはずもない。不可能なのだ。

あなたが感じるおいしいバナナの味は、
他人にとってのうんちの味かもしれない。


話がずれた。


五感が全て電気信号に変えられ、脳に伝わっているとすれば、
脳で処理するとき多少なりともエラーが起こることもあるだろう。

そら耳ってのがよくあるパターンだと思う。
街を歩いていて、知り合いだと思ったけど
よくみたら違ったってのもそうだろう。

それがもうちょっと進むと、
鳥の鳴き声が人の声に聞こえたり、
非常口のマークが走っていたり。
といった幻聴・幻覚になる。
幽霊を見たとかも典型的幻覚。

幻聴・幻覚があれば、幻触・幻嗅・幻味もあるわけで、
五感が全て幻になってくると、現実と非現実の境目が
なくなってしまう。もちろん基本的にはそうならないような
脳になっているわけだけれども、エラーってのはある。

エラーじゃなくても、ぼくたちは毎日、
幻聴・幻覚・幻触・幻嗅・幻味を体験している。
夢だ。
それはまさに脳内バーチャルリアリティー以外のなにものでもない。

なんらかのエラーで脳が覚醒している状態で夢を見てしまった場合、
宇宙人にさらわれた、とか、臨死体験・体外離脱をした、
ということになってしまう。

ここまでくると、現実のような幻覚になる。
現実世界で感じる五感も、幻覚の世界で感じる五感も、
同じ電気信号に過ぎず、脳内では両者は同じことだからだ。

つまり、本人にとっては現実なわけで、
そのような体験談はウソではないのである。


また話がずれた。


何が言いたいのかというと、
それぞれが感じるクオリアの世界は、
過去の経験・知識、見たこと聴いたこと、
日頃の思想・妄想・思考などを元にして、
脳が処理しているのではないかということ。

PTSD(トラウマ)なんかはまさにそうで、
他の人がなんとも思わないものに対して
過敏に反応してしまう。

臨死体験をした人の体験談などをみると、
文化・宗教の違いによって変わってくることがわかる。
人間界に本当にそういう世界が存在するならば、
世界中同じ臨死体験のはずなのに、
日本人だったらお花畑に三途の川だとか、
アメリカだとイエス・キリストだとか、
思想の違いで変わってしまうのだ。

私たちは常に幻覚を見ているといっている脳の研究者もいる。
幻覚というとおおげさに聞こえるかもしれないが、
脳という個々のフィルターを通した、
ある意味偏見の目で世界をみていることは否めない。

身近な例で言うと、
嫌いな人などうがんばってもむかつく顔にみえるし、
好きな人はどう見てもきれい・かっこよくみえる。
いくらブス専でも、本人にとってはハニーなのだ。

みんなそれぞれ、脳内では、見ている世界が違うのだ。

つまり、ハッピーな人生にしたければ
できるだけハッピーなクオリアを感じればいいわけで、
そうなるためにはハッピーな思考・知識・経験などを
できるだけ多く体験し脳に蓄積することではないか、ということ。
さらに、ハッピーな思想・妄想をいだく、ということ。

道端に咲く花に幸せを感じられることが
本当の幸せだとは言わないが、少なくとも、
幸せは、感じたもの勝ちなのだ。

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中道

右側の崖に気づき 左側の崖に落ちる人

左側の崖に気づき 右側の崖に落ちる人

両方の崖に気づいてしまい 立ち往生してしまう人

両方の崖を熟知して うまくバランスとりながら進む人

なんにも知らず 道路の上の白線を歩くように進む人

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文字情報と視覚情報

みなさんは経験があるだろうか?

ひとつの文字をじ~っと見つめていると、
ふと、その文字がただの記号に見えてくることがある。

文字として意味を持っていたものが、
急にただのシンボルに見えてしまうのだ。

DTP をやっている人などは、画面に文字を大きく表示しているときに、
そういった現象によくなると思う。

人間の脳には、言語情報を処理する部分と、
視覚情報を処理する部分があるという。

この現象は、脳が文字として解釈するか、映像として解釈するかの違い
ではないかな?と思う。実験したわけではないけれどもそんな気がする。

で、どちらが性能がよいかというと、視覚情報を処理する脳のほうが
圧倒的に処理速度が速いというのだ。俗に言う「右脳」ですね。

言語情報を処理する「言語野」を電卓とすると、
視覚情報を処理する「視覚野」はスーパーコンピューター並み。
これぐらいの違いがあるんじゃないかなー。

ある速読法は、文字情報を右脳的な視覚情報として処理する。
本をパラパラめくるだけでそのイメージなどが頭の中に浮かんでくるらしい。

大昔の人たちはそういう能力を普通に持っていたんじゃないかなーと思うことがある。
現代は言語を中心とした社会になっている。理論的な左脳的な社会だ。
そういった中で、非言語コミュニケーションという動物的な能力(=直感的、視覚的、右脳的)
が衰えてしまったんじゃないかな。

で、何が言いたいのかというと、
文字情報に溢れている現代社会の世の中では、
意識的にアートに触れるとか、そーゆーことも必要なのではないかなーと
思ったわけですよ。

う~んうまくまとまらん・・・言語脳も鍛えたほうがよさそうだなこりゃ・・・

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プラーナ?

晴れた日に見えるプラーナです 晴れた日、空を見上げると上空にプラーナが、たくさんチラチラしています。 プラーナの構造 そう、いっちゃあなんだけど、人間の精子みたいです(^^")

こんなこと書いたらヤバイ人だと思われそうだけど書きます。
この間、晴れた青空をよだれをたらしながらぼ~~っと
見ていたらなんだか視界に星みたいなのが現れてキラキラしだしたんです。

なんだこりゃ!と思いながらよく観察してみると、
白っぽい透明な精子みたいなのがウニウニ泳いでる
じゃないですか!

う~んこれは飛蚊症の一種で目の中の何かが見えてるのかなー。
それともプラーナ(?)と呼ばれているものが本当に空中に浮遊しているのだろうか。
うーん謎だ。

飛蚊症が見える人はそれに焦点を合わせてると
この精子(?)が見えてきます。

結構普通に見える人が多いみたいなのでこんど晴れた日にチャレンジしてみて。

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命あるもの全て終わりがある

人間は死に向かって生きている

人類は滅亡に向かって繁栄しているのか
地球は破滅に向かって回っているのか
宇宙は生死を繰り返しているのか

テレビでも見よう

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満ちたりない人たち

物質的なもの、金、肉体。
精神的なもの、心、愛情。

物質的に満たされたいか、精神的に満たされたいか。
どっちもほんの少しで満たされたら幸せだな。

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マトリックス?

遺伝子が作り出した人間の脳
今や人間の脳が遺伝子を操作・支配するようになった

人間の脳が作り出したコンピューター
コンピューターも人間を操作・支配するようになるのだろうか

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基準なんてない?

A君とB君がおなじ料理を食べた。

A君は「まずい!」と言った。
B君は「うまい!」と言った。

「なぜ?」

A君「もっとおいしいものをたくさん知っているし、いままでも食べてきた。あーまずい。」
B君「こんなにおいしいものは食べたことがない。あーおいしいなー。」

どっちが幸せ?

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心は脳には宿らない?

都市とは人間の脳が作り出すものだという

脳に支配された体
脳に支配された心

人間の進化が作り上げた脳
その脳に支配されつつある人間
そっちは人間が望む道?

心は脳には宿らないと思う
60兆個の細胞からなる人間
その細胞1つ1つが生きている

心って細胞レベル、遺伝子レベル
なんじゃないかと思わざるをえない。

脳に支配された人類に未来はあるのか。

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大海の中の砂粒のような世界

目に見えるものだけ信じてもいいの?
目に見えない世界もきっとあるよ。

言葉、お金、学問、医学、教育、権力......
目に見えるものだけで成り立っている世界には振り回されたくないよ
でも現実社会は容赦しないね

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運とかツキってなんだろ?

ついてない人は何が起こったとしてもついてない
ついてる人は何が起こったとしてもついている

ついてないと思った時点からすでについてない
ついていると思っているとほんとについてくる

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どっちが幸せ?

99%良くても1%の悪いところしか見えず嘆く人
99%悪くても1%の良いところしか見えず喜ぶ人

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