Home > ロハス Archive
ロハス Archive
結局ロハスとは、
- 2007年7月24日 05:59
- ロハス
エコ、オーガニック、社会貢献、スピリチュアルなど、
異業種・異分野にまたがるさまざまな人・文化を
1つのキーワードでつなぐコンセプトなんだと思う。
ロハスそのものに実態はないが、
多様性を伴ったロハス的価値観は
確実にこの時代の背景に流れつつある。
ロハスとは、要するに単なる総称に過ぎない。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
LOHASの登録商標問題は結果的には良かった
- 2007年3月23日 03:17
- ロハス
要するに商標のおかげで消費され尽くされず、
一過性のブームにならずに済んだということです。
コンセプトとしてきちんとした形で普及してほしいと思っています。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
Web2.0 と LOHAS2.0 ~パート3~
- 2006年12月10日 04:06
- ロハス
Web2.0とLOHASには実体がありません。
Web2.0は既存の技術の組み合わせでしかないし、
むしろ技術よりもその技術をどう活用するかに焦点があります。
LOHASにしても一般的には「健康・環境・癒し」に関連する
全ての「人・物・事」の総称として使われています。
つまりこの2つには、実体、中身がないのです。
それが、このキーワードたちのなんともつかみどころのないゆえんにもなっています。
しかしその実体のなさが、Web2.0やLOHASの魅力でもあるのです。
例えばWeb2.0的な技術のひとつに、WebAPIというものがあります。
XMLという統一規格を通じて、Web上のあらゆるデータベースを横断できるサービスです。
それによって、「Webマッシュアップ」という、複数のサービスを複合して新しいWebサイトをつくるといったことが可能になりました。
(かねてから、英国や米国のDJの間でマッシュアップと呼ばれる新たな作曲方法が話題になっていました。
これは2つの曲を合わせて1つの曲にするというもので、異なる曲からメロディーとボーカルを取り出しリミックスさせるなどです。)
では、LOHASマッシュアップは何か?というと、
「健康・環境・癒し」に関連する「人」「物」「事」が
LOHASというキーワードによってつながりやすくなったということです。
たとえば、それまで出会うことのなかった、アロマとレストラン、整体とヨガ、スピリチュアルとセルフデベロップメントなどが
LOHASという言葉のおかげで出会いコラボしていく機会が増えてきたということなのです。
これは非常に重要なことです。
Web2.0によって異なるサービスがひとつのWebサイトになってしまうように、
LOHASという言葉はロハス的な「人・物・事」のご縁をつなぐ言葉だと個人的には思っています。
ご縁といえば、mixiに代表されるSNSを抜きには語れません。
このSNSも実はWeb2.0的発想から生まれたサービスなのです。
では、LOHAS2.0的視点からこの「ご縁」をみてみるとどうなるでしょうか。
LOHASには健康・環境・癒しといったジャンルがありますが、
健康は体だけでなく心の健康も含まれますし、広い意味ではスピリチュアルや自己開発といった分野も含まれます。
また、自分を良くしたい!ということを突き詰めていくとその延長線上に、社会をよくしたい!世界を良くしたい!地球を良くしたい!
という欲求も自然と出てきます。
そのような「自分も!社会も!地球も!みんな良くしたい!」という価値観や、関わる全ての人々がHAPPYになる仕組み作りを目指す等、
そういうロハス的マインドをもって次世代のカルチャーを築き上げていく人々が横につながるためのキーワードとして「ロハス」があってもいいんじゃないかと思っています。
少なくともいまのところは、ロハスという言葉がその役割を担っているとぼくは考えています。
そもそも、LOHASの語源は、Cultural Creatives
(【カルチュラルクリエイティブ】…文化創造者・生活創造者)なのです。
このカルチュラルクリエイティブは、ヒッピーの流れをひきつぐ
「現代版おしゃれヒッピーカルチャー」とも言えるものです。
LOHASの本質は、このカルチュラルクリエイティブにあるのです。
ということで最終回パート3では、よっく的LOHAS2.0を、
「次世代カルチャーを創り上げていく人々のご縁をつなぐ言葉」
として位置づけて終わりにさせていただこうかと思います。
*LOHAS2.0 まとめ
1.超エゴ(個人のエゴの延長に地球のECOがある価値観)
2.ゆるゆるロハスでインナービューティー&インナーピース
3.次世代カルチャーを創り上げていく人々のご縁をつなぐ言葉
*あとがき
以前から、Web2.0 と LOHAS には共通する部分があるなあと漠然と
思っていたのですが、こうやって文章にまとめることができてよかったです。
LOHAS2.0の定義に関しては勝手に提案をさせていただきました。笑
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
Web2.0 と LOHAS2.0 ~パート2~
- 2006年12月10日 03:59
- ロハス
パート1では、「超エゴ(個人のエゴの延長に地球のECOがある価値観)」をLOHAS2.0のひとつの要素としました。
パート2では、「ゆるゆるロハス」をLOHAS2.0のひとつの要素として提案しようと思います。
ゆるゆるロハスとは、健康オタクでも、厳格なエコロジストでもない、
楽しい!気持ちいい!を優先して生きてゆくライフスタイルのことです。
ぼくはこのゆるゆるロハスのコンセプトをメッセージとして伝えたくて
様々なロハス的な活動をしている、といっても過言ではありません。
LOHASというキーワードは一般的に、エコロジーと同義語か、健康的なライフスタイル、
と捉えられることが多いのですが、本質はそんな単純なものではありません。
経験則になってしまいますが、ぼくはIT業界でSEをやっていたこともあるし、
オーガニックレストランで働きながらベジタリアンをしていたこともあります。
デジタルとアナログの両極を体験してきたわけですが、
結論から言うといずれも極端すぎてバランスがとれていませんでした。
心身の健康を保つには、バランスと多様性が重要だということを身をもって学んだのです。
そして、楽しい!気持ちい!という体の内面の声も大切にしなければならないと悟りました。
巷にあふれる健康情報やエコ情報に翻弄されるのではなく、体の発する内なる声に耳を傾け、
もっとゆるゆるにロハスを楽しまなければならなかったのです。
ただし、ゆるいからといってただ快楽に突っ走ればよいというものでもありません。
五感や直感を磨いた自然体でもって楽しい!気持ちい!と思えるものでないと自然と調和しません。
それが健康につながり、しいてはECOにもつながるのです。なぜなら、人間の体も大自然の一部だからです。
そんな自然体になるためには、どうしたらよいのでしょう?
ぼくはインナービューティーとインナーピースが大事だと思っています。
インナービューティとは表面的な美しさではなく、内面から湧き上がる美しさのこと。
インナービューティを追求していくと、自動的に地球に優しいライフスタイルになります。
体に優しい食べ物や生活用品は、地球にも優しいからです。体内環境=地球環境といってもよいでしょう。
だから、地球環境を考えるまえに体内環境(インナービューティー)からはじめる必要があるのです。
インナーピースとはピースフルなマインドのことで、究極的には仏教で言う悟りのことです。
もちろん悟りに達するのは難しいことですが、心を平和に保つことができるライフスタイルを
送ることぐらいはできるのではないでしょうか。
そうした平和な心を持つ人が、戦争をはじめると思いますか?
世界平和を訴えるまえに、自分平和を目指すことが大事だと思います。
自分がHAPPYでなければ、周りをHAPPYにすることなんて不可能です。
大切なのは、外部を変えようとするまえに、内面を見つめ直すことではないでしょうか?
そんなぼくも、ゆるゆるロハスでインナービューティー&インナーピースを目指し中の身だったりします。
パート3へつづく(次回はWeb2.0のはなしも絡めたい)
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
Web2.0 と LOHAS2.0 ~パート1~
- 2006年12月10日 03:49
- ロハス
Web2.0の概念のひとつに「オープンソース」と呼ばれるものがあります。
オープンソースとは、ソフトウェアのプログラムコードが全て公開されいる状態を指します。
今まで企業などでソフトウェアが開発される場合は基本的に社外秘(クローズド)でしたが、
ソース(プログラム言語で書かれたデータのこと)をオープンにすることで、
開発を全てボランティアべースでつくりあげていくことが可能になりました。
今や誰でも無料で高性能なソフトウェアを使える時代がきたのです。
(ブラウザやデータベース、オフィスソフトからOSなど汎用性の高いものが広くオープンソースで開発されている)
そのオープンソースでの開発には興味深いメリットがあります、
それは、個人の利益が全体の利益になるということです。
例えば、あるオープンソースのソフトウェアを使っているプログラマーがいたとしましょう、
そのような人は「ソフトの機能を追加したい、賞賛を得たい、実績を作りたい」
というようなごく個人的な理由でそのソフトウェアの開発に携わる場合が多くあります。
そういうボランティアたちがたくさん集まることによって、
ソフトウェアがバージョンアップしていったりどんどん洗練されていくのです。
(各個人は全く自分のためであってボランティアという意識はない)
そして、結果的にそのソフトウェアを使うたくさんの人たちもその恩恵に授かるというわけです。
さて、そこでロハスに戻りましょう。
自分のエゴを捨ててまでECOに生きるのは難しいことです。
正確には、できないこともありませんが続かないです、ぜったい。
かといって、ECOを切り捨ててエゴを貫くのも極端すぎますよね。
だったら、両方やればいいのです。
選択・排除ではなく、両方やりつつ、どちらかを優先させるのです。
理想は、Web2.0方式を取り入れ個人の利益が全体の利益につながるやり方、
つまり、「個人的なエゴが地球のECOになるような価値観」を持てばいいのです。
「本当においしい空気を吸いたい、本当においしい食べ物がたべたい、気持ちいい空間で暮らしたい!」
そんなエゴを実現するためには、どうしてもエコにならざるをえないですよね?
偉そうなこと言っているようで、よーするに自己満足なのです。
大事なのは、自己犠牲をしないことで持続可能性をもたせてあげること。
ぼくはそれを「超エゴ」「超自己中心的社会貢献」などと呼んだりするのですが、
そんなことはどうだっていい。
自然体で生きてるだけで、地球に優しくなる存在になれたらいいのになあと思っています。
パート2へ続く
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
ソーシャル活動としてのロハス
- 2006年5月15日 19:52
- ロハス
ソーシャルベンチャーを企んでいるよっくには、あるモットーがあります。
それは、「社会貢献は自分貢献から」ということです。
社会の構成要素は何かって言ったら、結局個人ひとりひとりです。
「個」である個人が良くなれば、「全体」である社会が良くなるのは必然のことです。
それに、自分がHAPPYでなければ、周りをHAPPYにすることなんてできません。
大切なのは、外部を変えようとすることではなく、内面を見つめ直すことではないかな?
だから、社会を良くするまえに、自分をより良くしていきませんか?・・・
ソーシャル活動を通じてこんなメッセージを伝えていけたらいいなと思っています。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
ロハスを知るための5冊
- 2006年2月15日 23:27
- ロハス
ロハスに関心がある人なら、とりあえず読んでおきたい。

BUSINESS LOHAS ローハスクラブ (著)

LOHASに暮らす ピーター・D. ピーダーセン (著)

いきいきロハスライフ! イデトシカズ(著)

Lohas/book ムック
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
カルチュアルクリエイティブスとは?
- 2006年1月23日 03:40
- ロハス
ロハスの語源、カルチュアルクリエイティブス(カルチュラルクリエイティブス)とは。
大量生産大量消費に代表されるような現代主義的な価値観[モダン]を良しとせず、かと言って古き良き伝統的なもの[トラディショナル]では物足りない。その両方の良い面を生かしつつ、次世代の価値観として新たな文化を創造していく人たち[カルチュアルクリエイティブ]のこと。
アメリカの社会学者と心理学者が長年にわたって消費者行動を調べてきた結果、こういう層の人たちがいるということがわかってきたというものだが、もとをたどればヒッピー文化の流れを引き継いでいる。
カルチュアルクリエイエィブスを簡単に言えば、現代版おしゃれヒッピー文化のようなものだが、ヒッピーは理想主義[ユートピア]思想が行き過ぎて、結果的に廃れていった。現代社会には必要不可欠な「お金」という概念がまるっきり欠けていたのだ。
カルチュアルクリエイティブスから生まれた次世代のライフスタイル[ロハス]は、ヒッピー文化には足りなかったビジネス・ファッション・ブランドといった概念を取り入れつつ企業や消費者を巻き込み、今世の中のメインストリームになろうとしている。
癒しブームに始まり、健康志向、エコライフ、スローライフ、オーガニックからスピリチュアルにいたるまで、近年の一連の流れはこれからの時代の変化を物語っているようにもみえる。
便宜上、それらの総称としてロハスと呼んでいるが、キーワードに踊らされないよう気をつけなければならない。ブームというものは廃れるからブームなのだ。
しかし、ブームが去った後もなお、これからの時代の変化はさらに加速していくだろうと確信している。そのための起爆剤としてロハスというキーワードが一役かっているのは間違いない。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
ロハス層とロハス自覚者の違い
- 2005年12月12日 00:14
- ロハス
ロハス層には、オーガニックやエコロジー、スローライフ、ヨガなどといったマーケットがあり、
日本人ネットユーザーの約3割はロハス層だという調査結果があります。
しかし、ロハスを自覚している人は少なく、
「ロハス」というキーワードでマーケティングをかけていくことに多少疑問を覚えます。
いまロハスというキーワードに乗っければなんでも売れるという風潮がありますが、
本質的なことを求める本当のロハス層にはなんら効果をあらわさないどころか、
余計逆効果のような気もします。
ロハスというキーワードを欲しているのは、
消費者よりむしろ企業なのです。
ロハスの語源でもある「カルチュアルクリエイティブス」が、
もともとマーケティング用語であることからしてもそれは察するところです。
ムーブメント的な要素はいずれ洗い落とされ、
遅かれ早かれ原点に戻ることになるでしょう。
そのとき、生き残っているものはなんでしょうか?
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
ロハス入門その1
- 2005年12月 6日 23:59
- ロハス
まずはロハスの語源から。
●モダン:大量生産大量消費を良しとする現代文明大好きっこ。
●トラディショナル:古き良きもの、伝統的なものを愛する人たち。
●カルチュアルクリエイティブ:モダンでもなくトラディショナルでもない、
第3の価値観を持つ人たち。これからの新しい文化を創造していくという意味で
カルチュアルクリエイティブス(カルチュラルクリエイティブス)と呼ばれる。
ロハスとはこのカルチュアルクリエイティブから派生した言葉で、
Lohas = Lifestyles of Health and Sustainability の頭文字。
健康と環境を意識したライフスタイル、またはそれを実践する人・物・事の総称。
ロハス的消費者は、ナチュラルな商品かどうか・本当に良質かどうかなどを
きちんと見極め、自分の消費行動が社会のためになるかどうかを考えお金を
つかう。
一方、ヨガなどの自己啓発や自己投資を惜しまず、
あくまで自分のために生きる、という一面もある。
ある調査によると、ロハスを自覚するしないに関わらず、
日本人ネットユーザーの約3割はロハス層だという。
で、ぼくが想うところ、ロハスには3種あって、
●アメリカ流ロハス:主にマーケティング用語としてつかわれ、
業界人の間でしか知られていない。ロハスには5分野のマーケットがあり、
頭文字をとってSHAPEとして知られているがここでは割愛。
●日本流ロハス:主にソトコトなどの環境系雑誌やファッション系雑誌が
創り出している、スローライフの次はロハスだ!的ムーブメント。
エゴとエコの両立を説く。
●自分流ロハス:元々エコロジストだったり健康に気をつかっていた人が、
ロハスというコンセプトと出会い、自分こそが本当のロハスだと思っている人。
もしくは、ロハスを自分なりに解釈して、我流ロハスを突き進む人。
ロハスは間口が広く、柔軟性もあり、定義もあいまいなのでそういう
ことが成り立つ。
現在この3つがごっちゃになって使われることが多いので、
ロハス議論をしていても意思の疎通ができず、混乱することが多い。
ちなみにぼくは、オリジナルの自分流ロハスを見つけることが重要だと
想っている。メディアによって作られたブームに流されないというのは
もちろんのこと、Lifestyles のs(複数形)が表すように、
人の数だけロハスがあるのだから。
続く。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
エゴはエコ、エコはエゴ
- 2005年12月 3日 16:14
- ロハス
ロハスの説明としてよく「エコとエゴの両立」って言われます。
でもエコとエゴって正反対の意味だしどうやって両立するのかな、なんて思いますが、実はこの2つ全く同じことなんです。
なぜ、エゴはエコなのか?
エゴというもののなかには
「もっとキレイになりたい!」
「もっとかっこよくなりたい!」というものから
「楽しく長生きしたい!」とか
「よりよく生きたい」というものがあります。
そのためには表面的な健康ではなく
真からの健康を手に入れなくてはなりません。
しかしぼくたちのような、人工都市に住み、
有害物質満載の空気を吸い、工場で作られたような
食べ物とはいえないものを日々食べ続けていては、
真の健康など得られるはずもありません。
真の健康を得るためには、
「本当に体によくておいしいものを食べたい!」
「新鮮でおいしい空気を吸っていたい!」
という「超エゴ」が必然的に沸いてきます。
その超エゴを実現させつためには、
否が応でもエコにならざるを得ません。
エコのためのエコではなく、
エゴのためのエコ。
これはまさに「ロハス」のコンセプトです。
ロハスは究極のジコチュウとも言えるのです。
坂本龍一氏は言います。
「地球のためじゃない。私のために。
みんなお願いしますよ。ほんとに。」
エゴがエコになるってのはわかった。
じゃあなんでエコがエゴなの?というはなし。
エコだの環境問題だの叫ばれる昨今、
そういうことに真面目に取り組む人たちは
なんか「イイコトをしている良い子ちゃん」
みたいに見られてしまう雰囲気がありますが、
ボランティア活動と同じで、基本は自己満足です。
「地球のために!」なんて使命感に燃えているやつは、邪道。
・・・冗談です。笑 でも、そういうのは大義名分に過ぎません。
で、ここからが本題ですが、
エコというのは本当に「地球のため」なのでしょうか?
冷静に考えてみてください。
環境が悪化して困るのは誰でしょう?
たとえ環境が悪化して人類が住めなくなっても、
たとえ核戦争がおき人類が滅びても、
地球はあいもかわらず周りつづけることでしょう。
そして気の遠くなるような歳月をかけて自己治癒していくことでしょう。
しかし、地球にとってはたいした歳月ではないかもしれまん。
なんせ、地球の歴史を1年にたとえると、人類の歴史は12月31日の23時59分ぐらいだというのですから。
そう、環境が悪化して困るのは、地球ではなくわたしたちなんです。
つまりエコとは、
「人類が住める環境をできるだけ持続させていくこと」なのであって、
それってつまり、人類のエゴ、つまりわたしたちのエゴではないですか?
地球には氷河期もあれば、火山も噴火する。いつか隕石が衝突するかもしれません。
それを私たちの勝手な都合で今の環境のとどめておこうというのは、
生活のためにダムをつくるのとおなじこと、まさに人間のエゴなのです。
エコはエゴ、エゴはエコ。
ゆる~くたのし~くいきましょう。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
人の数だけロハスがある
- 2005年10月21日 00:07
- ロハス
最近いくつかのロハスセミナーを受けて感じたことは、
ロハスとは、「こうだ!」と誰かが決めるものではなく、
「1人1人がロハスだと感じることこそがロハス」なんだ、ということです。
これはいろいろな自称ロハリストを見ていて分かったことですが、
つまり、「ロハスとは、全くの主観なのだ」と言いたいのです。
客観的に見た場合、ロハス層というマーケットがあるのは事実ですが、
「個」に焦点を当てた場合、ロハスに対する想いが全然異なっているのです。
では、統一しなければいけないのでしょうか?私はそうは思いません。
個性を認め合い、多様性を推進するのも、ロハスの一面であると思います。
ではここで、ロハスに対するぼくの個性的な(?)主観と、
ロハスを始めることになったいきさつを述べたいと思います。
もともとぼくは、ITコンサルタント・システムエンジニアとして働いていました。
好きではじめたITですが、IT業界に入れば嫌でも日々パソコンとにらめっこ。
そんな仕事上のストレスやらで、慢性的に体調を崩してしまったのです。
そして、デジタルどっぷりのデジタル漬け生活のツケが一気に爆発。
その反動で超アナログなオーガニックの世界へ転職してしまいました。笑
実は、オーガニックのものさえ食べていれば、健康体に戻れると思い込んでいたのです。
身のまわりのものを全てオーガニックに変え、
すっかり健康体になったつもりでいました。
しかし、食と健康の情報について、知れば知るほど、
ほとんど何も食べられなくなっていったのです。
一時は完全なベジタリアンに。断食状態が続いたときもあります。
これは完全にバランスを失った状態。まさに「健康食という名の偏食」です。
さらにさらに、食と健康について深く勉強して行くにつれ、
世界のグローバルな問題がみえてくるようになりました。
食と健康の問題は、世界の問題につながっていたのです。
しかしそれは個人の力はおろか、国が動いても解決するかどうか分からない問題ばかりでした。
そんな「世界の矛盾」を自分の内にかかえこんでしまい、
無駄に苦悩してしまったのです。
それでも、体の健康には気をつかっていましたが、心の苦悩は置き去りのままでした。
そんなことがいろいろと重なり、心の病に陥ってしまったのです。
食と健康の問題ばかりか、政治問題、貧困問題、環境問題、
果ては文明の破綻から人類の存続まで心配するあまり、
肝心の自分自身(心)が破綻してしまったのかもしれません。
知らないほうが良いこともある。ということを身をもって悟りました。
君子危うきに近寄らず。
特に不安や恐怖をあおってくる情報は、「知らぬが仏」で正解なのです。
いやむしろ、いやおうなしに情報の洪水がやってくる時代ですから、
その辺の取捨選択をきちんとする情報リテラシーが必要なのです。
さて、その後、しばらくは精神の世界をさまよいましたが、笑
復活後は、ITにもオーガニックにも偏らない、心と体の両方を満たす道を見つけ、
昔の健康体を取り戻すことに成功したのです。
それどころか、さらにパワーアップして帰ってきました。笑
その秘訣とは?
ぼくはこの経験から、ゴハン・カラダ・ココロの3つのバランスが、
健康的で豊かな生活を送るうえでの最低条件だと考えるようになりました。
これはもう究極です。
・ゴハンは、おいしく楽しく感謝して食べる。それだけ。
・カラダは、気持ちいい運動と心地よい睡眠を心がける。それだけ。
・ココロは、地球の問題や社会の問題より、自分の問題にフォーカスする。むずかしいけど。
自分の延長として、家族があり、地域があり、社会があり、地球があるんだから。
「世界は自分の鏡」なんだよ。
だから、身近な問題に目を向け、あたりまえのことをあたりまえに。
これがぼくの、ロハスという新しい道の始まりです。
- Comments: 1
- TrackBacks: 0
日米合同LOHAS消費者調査2005
- 2005年10月16日 12:31
- ロハス
概要
・日本人の29%はロハス層
・ロハス層は学歴、収入が高い
・ロハス層は商品購入のさい、専門家やNPOの情報を参考にする
等々
29%というのは感覚よりも多いような気がしますが。
http://www.e-squareinc.com/news/n050524.html
http://www.e-squareinc.com/news/pdf/LOHASsummary.pdf
PDFファイルが見れないかたは、Adobe Readerが必要です。
- Comments: 0
- TrackBacks: 1
AOL創業者がロハスに20数億円出資
- 2005年10月16日 12:30
- ロハス
AOL創業者のスティーブ・ケース氏、ヨガとピラティスのビデオ製作・配給業者に2000万ドル出資
http://money.cnn.com/2005/08/09/news/newsmakers/case_yoga/
これは2005年8月9日のニュースですが、今後もロハス市場にお金が流れてきそうな予感。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
エゴとエコは両立するか?
- 2005年10月11日 14:16
- ロハス
ロハスを説明するときに、よくエゴとエコという単語が出てきます。
いわく、「エゴなエコ」「エゴからエコへ」「エゴとエコの両立」などなど。
はてはて。さっぱり意味がわかりませんね。笑
エゴなエコ → ペットボトルは買うけどリサイクルしてるからいいんだ!的な発想でしょうか。
エゴからエコへ → 人間何が一番かわいいかって結局自分ですよ。エゴからエコは難しいと思います。
エゴとエコの両立 → 坂本龍一さんが主張する、個人主義を超えた超個人主義ならエゴ=エコとなります。
おれはおいしい空気が吸いたいんだ、体にいいもんだけ食いたいんだ、だからお前らも手伝え。みたいな笑
「"地球のため"に環境に優しい生活にしましょう」と謳ってる輩よりは、"自分のため"のほうがよっぽど健全、
っていうかめちゃくちゃ共感できます。
しかし、ここで問題が発生します。
エゴ=エコなら、自分のやりたいことさえやってればいいんだ!となってしまうことです。
もちろんそれは大賛成ですが、ほとんどの人が、坂本教授のような、いわゆる「超エゴ」を持っていないということです。
「超エゴ」を意識できる人なら、自分の好きなこと・気持ちいいことをつきつめて自然体でいさえすれば、エゴ=エコとなるのですが。
そうでない人たちが大半だという事実は問題だと思います。
食で例えると、本物のおいしさをつきつめでいけば自動的に環境に優しい食になります。
しかし、化学調味料の味も分からなくなっている現代人にとっては、ファーストフードやファミレス、得体の知れない輸入物やインスタント食品などで満足してしまう場合が多いのです。
それはそれで幸せなことだとは思いますが、超エゴ=エコとはほど遠い世界ですよね。
そこで、ぼくの考えるロハスとは、エゴとエコのバランスを重視し、あくまで「エゴを優先したエコ」なのです。
これもよくわかりませんね。笑
では、一体どういうことでしょうか。
この日本に暮らす私たちは、電気やガスや、石油やクルマ、お買い物することなしには、もはや生きることもできません。
そんな文明という土台に暮らしている人が、まじめにエコロジーがどうのこうのと主張したところで、元も子もない話です。
私たち文明人が、「エコロジー」「地球のため」という言葉を発するたびに、矛盾をかかえてしまうのです。
そんな矛盾を解消してくれるのがロハスなのです。
「我々の生活は文明という土台の上に成り立っている = 我々の存在自体がエゴのかたまりなのだ」
と気付くことからロハスが始まるのかな、と思います。
「私はそんな文明的な生活が捨てられないエゴイストな人間ですが、環境のため、しいては文明の存続のためになにかできることはないでしょうか」
と問うのがロハス的姿勢なのではないかな。
「エゴを優先したエコ」とはそういうことです。
- Comments: 1
- TrackBacks: 1
心・体・食は環境につながっている
- 2005年10月 9日 04:05
- ロハス
ロハスはよく「心と体と地球に優しいライフスタイル」といわれます。
それはいいのですが、まるで心と体と地球がそれぞれ分離しているかのような説明が多いですね。
例えば、
心→ストレスをためない生活
体→ヨガとかピラティスとか
地球→エコ商品を買う
等々、まるで脈絡がないんです
これでは、それらをロハスという1つのコンセプトにまとめる意味がない。
本当は、それらは全部1つにつながるんです。
では、それらがロハスでどうつながっているのでしょうか?
まず、「体に良い生活というのは必然的に環境に優しくなる」という事実。
シャンプーや石鹸、洗剤などは分かりやすい例だと思います。
肌荒れするようなしろものが、環境に優しいわけないですよね。
肌や髪の毛のことを考え抜いたうえに選んだものというのは、ほとんどの場合100%ナチュラルだったり余計な添加物など入っていなかったりします。
つまり、環境の事なんか考えていなくたって、ちゃんとしたものを選ぶだけで勝手に環境に優しくなってしまうんです。
次に「本当においしい食べ物は環境にも優しい」ということ。
本当においしい野菜とは、自然のパワーをたくさん受けて育ったもの。有機野菜や無農薬野菜、地産地消の野菜などです。
まずい食べ物とは、グローバル企業の作る果実などですね。
農薬や化学肥料を大量に使用し土地を駄目にし、さらに途上国の人たちから搾取までしています。
しかも、オーガニックのものや国産のものと比べてみると、実際にまずいんですよ。
つまり、安くてまずいものを選ぶより、本当においしい食べ物を取捨選択していけば、ちゃんと環境のためになるってことですよね。
もちろん、そういう食生活を続ければ健康にいいのは言うまでもないことです。
体に優しい食べ物は、環境にも優しいのです。
次に、「体と地球の間を食が循環している」ということ。
体内環境と地球関係が連動しているというのは、以上の説明でわかっていただけたと思いますが、
それらをつなぐキーワードはやはり「食」です。
例えば。
テーブルの上にバナナがあります。あなたはバナナを食べます。
そしてその数分後には、その「バナナ」は「あなた」に変わっているのです。
そして、体内で要らなくなったものは大地に戻っていきます。
食は、地球から生まれ、体内に同化し、また地球に戻っていくんですね。
でも、ただ体内を通過しているわけではありませんよ。
新陳代謝って聞いたことありますよね。たかが新陳代謝、されど新陳代謝。
驚くなかれ、半年から1年で全身の細胞が全て入れ替わっているのです。
つまり、1年前のあなたと、今のあなたとは全くの別人なんです。笑
では物理的になにが原料となっているかというとやっぱり「食」なんですね。
そう、食べたものは確実にあなたの一部になっていくのです。
それでもファーストフードにカップラーメン、食べますか?笑
さて、次は「体の問題は心の問題である」ということ。
心の状態が表情や姿勢に表れるように、「体は心を表す」のです。
ストレスによって免疫力が大きく左右されるという研究結果もあります。
ほとんどの病気は、ストレスが原因だといっても過言ではないと思います。
体調不良のわりに、検査をしても体はどこも悪くないという例もよくあります。
これは自律神経失調症といい、結局は心の問題なのですね。
経験上、心と体はゆで卵の黄身と白身のような関係だと思っています。
いくら体(白身)の健康ばかり気をつかっていても、見えない内側にある心(黄身)が悪かったら元も子もありません。
知らず知らずのうちに、内側からじわじわと蝕まれているようなものです。
心(黄身)は奥深いところにありますから、直接メスをいれるわけにはいきません。
世の中にはさまざまな心の癒しなるものが存在しますが、
心(黄身)の外側にある体(白身)が緊張していたら、
どんなに良い癒しでも芯まで届くことはないでしょう。
だからまず、外側である体(白身)からほぐしていかなければならないのです。
そこで、逆説的ですが、「心の問題は体からほぐす」ことが重要になってきます。
内面を変えたかったら、外側から変えていく。これは心理学的にも言われていることです。
カチカチに凝り固まった体(白身)をほぐしてやることで、心(黄身)も自由に身動きがとれるようになります。
そうしてはじめて、さまざまな心の癒しが芯まで届くようになるのです。
ではどうやって体をほぐしたらいいかというと、「体の問題は食の改善から」入るのがベストだと思います。
食さえ変えればいいってわけではありませんが、食生活から見直すことで自然と生活習慣も変わってくるのです。
いくらヨガやピラティス、ウォーキングやジョギングに励んでも、食生活が貧しかったらあまり効果があがらないでしょう。
食と体と心。この3つのバランスをとりながらトータルで健康を考えるのがロハス健康法だと思います。
以上が、よっく流「心・体・食はつながっている」というコンセプトでした。
そして「心・体・食の結果として環境にも優しくなる」というもの伝わりましたでしょうか?
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
ワタミはロハス居酒屋?
- 2005年10月 3日 16:18
- ロハス
こんなニュースが入ってきた。
ワタミ:「化学調味料ゼロ」 居酒屋で自然の味--系列9店居酒屋チェーン大手のワタミは1日、化学調味料(グルタミン酸ナトリウムなど)を一切使わない居酒屋を11月後半から展開することを決めた。近く発表する。現在、首都圏中心に9店舗を出店している「然の家(ぜんのや)」で、約70品のメニューすべてを化学調味料を使わずに提供する。店内で出すしょうゆなども同様で、「自然食を極めたい」と話している。飲食チェーンでは初めての試みといい、利用者の反応がよければ、全国で410店舗を展開する「和民」などにも拡大していく方針だ。
ワタミは7月、全面禁煙の居酒屋「手作り厨房」もオープンさせていて、今後の動向に注目だ。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
本当のロハスとは?(LOHASとは?)
- 2005年9月25日 16:07
- ロハス
LOHAS(ロハス)= Lifestyles of Health and Sustainability
ロハスの意味を直訳すれば、「健康と環境のためのライフスタイル」です。
なぜEcology ではなくSustainability となっているのでしょうか?
サステナビリティーとは持続可能性という意味で、簡単に言えば人類が滅びず持続していける循環型社会を意味します。
よく、「ロハスとは、心と体と地球に優しい生活である」といわれますが、それは勘違いです。
環境が悪化して困るのは地球でしょうか?
......いえ、困るのは私たちです。
いくら地球温暖化が進んでも、地球くんは全く困りません。
例え人類が滅びたとしても地球は回り続けるし、環境が悪化したといっても、
そのうち(といっても人間にとっては長い歳月かもしれません)再生する力が地球にはあると思います。
むしろ人類が滅びたほうが地球環境にはよいのです。
つまり、ロハスとは、地球のためではなく人類のため、つまりは自分自身のためなのです。
環境問題は地球の問題ではなく自分自身の問題である、という広い視野を持って生活することがロハスなのではないでしょうか。
そして、そこが単なるエコロジー・エコロジストと違うところです。
エコロジーとは生態学という意味ですが、エコロジストには自己犠牲をはらってまでも地球のために尽くすといった意味合いが含まれます。
しかし実際は、都市はおろか田舎でさえ、完璧なエコロジー生活を目指すのは難しくなっています。
と言うのも、本気でエコロジーに取り組もうとしたら、クルマは乗れない、インターネットは使えない、買い物だってできません。もちろん全て自給自足です。
なかには、みんなそうするべきだ!と言う人がいますが、そういう人は山奥で仙人にでもなってください。笑
まあ、そこまで厳しくはないにせよ、以下のようなエコ情報をよく見かけます。
「これを使ってはいけない、あれをしてはいけない、食べるな危険。」
......どうでしょう?疲れませんか?まるで宗教のようですね。
これではとても自分に優しいとはいえません。
逆にストレスになってしまい、心を病んでしまう原因にもなります。
自分自身のための地球環境なのに、環境を守ろうとするあまり自分を追い詰めてしまっては本末転倒です。
それに、そんなバランスの欠けた生活は持続しません。
そこで、ロハスの出番です。
心と体の健康=エゴと、地球環境=エコのバランスを重視し、無理をしないから「持続可能な」ライフスタイルなのです。
継続は力なり。
「エコ」のような一時的なブームで終わるのではなく、無理せず少しづつでも継続することが重要なのです。
では、エゴとエコのバランスとはなんでしょうか?
例えば、クルマは買わないほうがいいし使わないほうがいいとわかっているけれど、仕事上や生活上どうしても必要になる場合があります。そういうときは、ハイブリッドカーなどのできるだけ環境を考慮したものを選んだりすることです。
例えば、オーガニックしか食べないとか、完全なベジタリアンというのはバランスが偏っています。それよりも、食卓の雰囲気を楽しくすることを考えたり、その料理が本当においしいかどうかで判断したほうが健全です。また、地元産・国内産の野菜、顔の見える野菜、良質な素材を優先することです。
でも、本当はエゴとエコは同じことなんです。
正反対のように思えるこの2つですが、よく考えたら同じだとわかります。
私たちのエゴには、
キレイになりたい!かっこよくなりたい!とか、
いつまでも若々しくありたい!元気に長生きしたい!
というものがあります。
そのためには、表面的な健康ではなく真の健康を手に入れなければなりません。
空気の悪いところに住み、工場で作られたものを食べていて、真の健康を得られると思いますか?
無理な話ですね。そうすると、
本当に体にいいものを食べていたい!
本当においしい空気を吸っていたい!
という究極のエゴがでてきます。
そのエゴを通すためには、嫌でもエコになってしまうのです。
本当に体に良い生活は結果的に環境にも優しいものになるし、
逆に、環境に優しいものを選べば自分自身のためにもなるってことです。
だから、体内環境=地球環境だし、究極のエゴ=エコなのです。
そしてこれは上のほうに書いた「環境問題は地球の問題ではなく自分自身の問題である」にもつながっています。
環境問題というと地球レベルの話でなにか他人事のような響きがありますが、本当は環境問題=自分自身の問題なのですよ。
つまり、エコを考えること自体=エゴなんですね。
でもこういうロハス的生き方って、実は人間としてあたり前のことなんですよね。
あたりまえのことをあたりまえにしていかなくてはならない時代なんだと思います。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
自己表現としてのスローライフ
- 2003年5月18日 20:38
- ロハス
スローライフとは何だろうか。オーガニックライフと呼ばれることもある。
organicを辞書で調べてみると「有機の、元来の」とある。また、slowとは
そのまま「遅い、ゆっくりと」という意味だ。つまり、スローライフとは
「人工的でなく、ゆっくりとした生活」と言える。さらに言えば「大自然
に囲まれた田舎で、自給自足の生活をすること」も含まれるであろう。
スローライフの概念の中には、オーガニック食品やスローフードといった
ものもある。これは一般的に「無農薬、無添加の食品、昔ながらの方法で
作られた食品」のことだ。
最近、私はこれらのスローライフについて非常に興味を抱いており、書籍
やインターネットを利用して手当たり次第に調べている。また、年内には辞職
をして、オーガニック先進国であるアメリカへ見学に行くつもりだ。
そこで、なぜそこまでしてスローライフにこだわるのか。その理由を述べて
みたい。
*
第一の理由は、世の中のスピードが速くなりすぎているからだ。「スローフード
の語源はファーストフードの反意語」と世界中に支部を持つスローフード協会会長
は言う。「スロー」という発想は、「ファースト」が行き過ぎたことによる反動
とみても良いのではないだろうか。
また、私はインターネットビジネスに関わる職業なのだが、この業界はDogYear
と呼ばれるほどスピードが重要視される。つまり、3年かかって起こるべきことが、
1年で過ぎ去ってしまうのである。そのような環境に長く浸かっていた反動で私もまた
「スロー」を求めるようになったのだと思う。
第二の理由に、危険な食材や加工食品などが世の中に氾濫してしまっていることが
挙げられる。近年、『食べるな、危険!』や『食べてはいけない』などの著書でも、
食品の健康面、安全面、環境面での問題点が度々指摘されている。
しかし、「食」というものは人間の3大欲である「食欲・睡眠欲・性欲」や
「衣食住」などの言葉も表しているように、人間としての基礎を築くうえで
大変重要なものであるはずだ。
その「食」が、少なくとも今私が住んでいる東京という街では疎かにされている
気がしてならない。と言うのは、幸いにも私の実家は飛騨の山奥にあり、
そこから東京をみることによって、その差異に気付くことができたからだ。
実家の周辺には、コンビニエンスストアも無ければ、ファーストフード店も無い。
安くて早くて効率の良い飲食店も無い。こう見ると、明らかに東京は「ファースト」
な食生活だと言うことができる。
第三には、その東京という食生活が荒んだ街の人々に、オーガニック食品などを
食べて、健康な食生活を送ってほしいという、漠然とした夢があるからだ。
オーガニックレストランや、オーガニックカフェなどを開店し、実際にそういった
機会を作ること。また、オーガニック食品などの知識、考え方を広く一般の消費者に
伝えること。さらには、NPOなどの非営利組織を立ち上げ、それらの運営、活動を
行うことなどを考えている。
なぜ非営利組織なのか。それは、儲けを重視した企業団体の場合、
どうしても効率やスピードを気にしなければならない。その結果、
安全性を度外視した、健康とはほど遠い物が生まれてしまう可能性があるからだ。
だから、非営利組織はスローライフというコンセプトと相性が良いように思える。
*
以上が、私がスローライフにこだわっている理由だ。つまり、第一では、
インターネットなどの技術の進化の反動として、スローライフという方向性へと
時代が向かっているのではないか、という予測。第二には、みんなでゆっくり
本当においしいものを味わいましょうよ、という提案。第三は、それらを踏まえた
うえで、私個人としての自然な生き方の追求、ということになる。
この「ファースト」という先進国特有の問題は、世界の問題でもある。
発展途上国との関係や、貧困格差の問題、資本主義社会が持つ問題。
ここには書ききれない問題が、複雑に絡み合っている。
その答えの1つとして、「スローライフ」も存在するのではないだろうか。
これを通して、少しでも社会に貢献できるとしたら、それは素晴らしいこと
だと思う。それにはまず、出来ることから始めて行かなければならない。
- Comments: 0
- TrackBacks: 0
Home > ロハス Archive
- Search
- Feeds


![SOTOKOTO (ソトコト) 02月号 [雑誌]](http://rcm-images.amazon.com/images/P/B000E0L3LQ.09.MZZZZZZZ.jpg)