- 2009年3月24日 07:40
- アイディア・メモ
● 須藤元気著 『神はテーブルクロス』 より
ダライ・ラマの講演会に行ったことがある。
たいていの人は彼を、ヒマラヤの山懐(やまふところ)で受け継がれてきた深遠なチベット仏教のトップであり、ノーベル平和賞をとった偉い方と思っているかもしれない。
ところが、講演会場である両国国技館で彼は、チベット語ではなく英語で話し出すなり、最初の言葉が「私は皆さんと同じ人間であり、奇跡を起こしたりすることはありません......」というのである。
(中略)
話が終わり質問タイムがあった。
「よく言われる守護霊やカルマ、前世についてどう思われますか?」と誰かが質問した。この種の講演会では必ず出てくる質問である。すると彼はよどみなく答えた。
「それはたいそう神秘的だね。仏教では前世も来世も存在する。でも、いったいそれが何なんだろう。そんなことは忘れてしまいなさい。そのことに心を奪われて、今の人生を生きることを忘れてはいけない」
そして、次の質問者がマイクを握り、
「何かに取り憑(つ)かれているのですが、どうすればいいですか?」
それに対して、ダライ・ラマは英語でこう答えた。
「I don't know」
● ダライ・ラマ講演会より (2008年11月6日・両国国技館にて)
私が特別な人間で、特別な力があり、特別なことを教えてもらえると思っている方、それは違います。私にはそんな力はありません。
私にある種の超能力、ヒーリングパワーがあると思って来た方がいるかもしれませんが、私はそのようなパワーの存在には懐疑的です。
そんなパワーがもっている方がいるのなら、私は手術などせずに胆石をとってほしかった。でも、そんなことは不可能でナンセンスでしょう。
分析して根拠のあるもの、証拠に裏付けられたものだけを受け入れなければなりません。
釈迦尊自身、人は教えを選択して受け入れる権利があると語っています。教えを眼暗滅法信じるのではなく、正しいと思ったことを信じるということです。
実際に、ある種の人は、超能力があると言って、人を騙します。気をつけるべきです。
私ははっきり言えば、ただ一人の人間であり、一人の仏教徒であり、釈迦の弟子の一人でしかありません。ごく一般の常識に基づいて、お話ししています。

