- 2005年12月 3日 16:14
- ロハス
ロハスの説明としてよく「エコとエゴの両立」って言われます。
でもエコとエゴって正反対の意味だしどうやって両立するのかな、なんて思いますが、実はこの2つ全く同じことなんです。
なぜ、エゴはエコなのか?
エゴというもののなかには
「もっとキレイになりたい!」
「もっとかっこよくなりたい!」というものから
「楽しく長生きしたい!」とか
「よりよく生きたい」というものがあります。
そのためには表面的な健康ではなく
真からの健康を手に入れなくてはなりません。
しかしぼくたちのような、人工都市に住み、
有害物質満載の空気を吸い、工場で作られたような
食べ物とはいえないものを日々食べ続けていては、
真の健康など得られるはずもありません。
真の健康を得るためには、
「本当に体によくておいしいものを食べたい!」
「新鮮でおいしい空気を吸っていたい!」
という「超エゴ」が必然的に沸いてきます。
その超エゴを実現させつためには、
否が応でもエコにならざるを得ません。
エコのためのエコではなく、
エゴのためのエコ。
これはまさに「ロハス」のコンセプトです。
ロハスは究極のジコチュウとも言えるのです。
坂本龍一氏は言います。
「地球のためじゃない。私のために。
みんなお願いしますよ。ほんとに。」
エゴがエコになるってのはわかった。
じゃあなんでエコがエゴなの?というはなし。
エコだの環境問題だの叫ばれる昨今、
そういうことに真面目に取り組む人たちは
なんか「イイコトをしている良い子ちゃん」
みたいに見られてしまう雰囲気がありますが、
ボランティア活動と同じで、基本は自己満足です。
「地球のために!」なんて使命感に燃えているやつは、邪道。
・・・冗談です。笑 でも、そういうのは大義名分に過ぎません。
で、ここからが本題ですが、
エコというのは本当に「地球のため」なのでしょうか?
冷静に考えてみてください。
環境が悪化して困るのは誰でしょう?
たとえ環境が悪化して人類が住めなくなっても、
たとえ核戦争がおき人類が滅びても、
地球はあいもかわらず周りつづけることでしょう。
そして気の遠くなるような歳月をかけて自己治癒していくことでしょう。
しかし、地球にとってはたいした歳月ではないかもしれまん。
なんせ、地球の歴史を1年にたとえると、人類の歴史は12月31日の23時59分ぐらいだというのですから。
そう、環境が悪化して困るのは、地球ではなくわたしたちなんです。
つまりエコとは、
「人類が住める環境をできるだけ持続させていくこと」なのであって、
それってつまり、人類のエゴ、つまりわたしたちのエゴではないですか?
地球には氷河期もあれば、火山も噴火する。いつか隕石が衝突するかもしれません。
それを私たちの勝手な都合で今の環境のとどめておこうというのは、
生活のためにダムをつくるのとおなじこと、まさに人間のエゴなのです。
エコはエゴ、エゴはエコ。
ゆる~くたのし~くいきましょう。

